「悪銭身につかず」不幸を呼ぶお金とカルマの話し

悪銭身につかずという言葉が日本にはありますが、お金という物質の性質がカルマそのものであると語っています。お金が発生する所には常に人がいることになり、その人の想念エネルギーがお金という物質にはのってきます。

お金が集まる所にはよくも悪くも人がいてその集め方が不誠実な場合、その人はカルマの不徳を積むことになります。詐欺のようなことをすれば人からの怨念に取りつかれる人がいます。

勿論、現世での行いからでも過去世からの影響でも怨念のようなエネルギーレベルは、その人の人生に負の作用として顕われます。

お金というのは人の「性」をよく顕すもので、その人の本性を知りたければお金の使い方、扱い方をみれば人となりがよく分かります。霊的な観点では人の煩悩であり、その人のよくも悪くも「癖」がわかりやすくでる所です。

 

お金のことで不幸を呼びこむ無知な人たち

 

先頃、スピリチュアル界で「助けて下さい。」といって生活に困窮している人や自分の欲望のために人からお金を集めることをしているのを見かけます。

お金を受け取るという行為はエネルギーが動きます。エネルギーが顕現されることは、すべて霊的な観点からそのエネルギーの裏を観ることができます。

エネルギーを収集するときに人の念が入りますので、何もしていないのに貰うだけ、貰う、奪うだけ奪うなどをするのはお金という物質だけではなくて、エネルギーレベルでも借金をしていますので後ほど借金を返すことになります。

カルマの借金と貯金と同じです。不徳が積み重なれば借金で、徳を積めば貯金です。エネルギーレベルで借金が増えると現象界ではどのようなことが起きるかというと病気や生活の破綻、酷い場合は死に至ることや又、自分自身のカルマが子孫に受け継がれることが起きます。

お金がなくて辛いときに、人を頼ってはいけないとか、事業をするのに借金をするなと言っているのではありません。自分自身が助かりたい一心で安易な理由でお金を集めようとすることに走っていないか?ということです。

エネルギーレベルで受け取ったものは必ず、循環させなくてはなりません。人の行為の善を受け取れば、自分もまた、善を還すのがスピリチュアリティな生き方であり、物事の正しい道理です。

それはしてくれた人に還すという単純なことではなくて、大きなエネルギーの循環をする・・・人が助けてくれた行為に感謝して自分がしてもらった恩を他にも循環させる人になる「心を正し生きれるか?」ってことなのですが「助けて下さい・・・」とブログで発信している人は、自分自身が楽しむために自制せず散財してお金を失くし、その「ツケ」を他人に払ってもらった・・・という行為になっている人が多いようです。

ですから、また無くなれば助けて下さい・・・と安易に頼みます。

お金という物質のエネルギー集めるときは、その人の器量以上のものを嘘をつく、期待させすぎて集めるということをするといずれその人にもそれなりのことが還るということになります。

カルマの還りということです。

エネルギーを受け取る、与えるという循環は、バランスが取れなくてはいけません。一方的な受け取りすぎは「負」でしかないので必ずバランスを取ろうとする動きになります。

貰った分、何かを与えることになる・・・自分の意思でなくてその作用が働くとき、きついカルマの還りになるケースが多いです。

ただでさえ生活に困窮してお金ということで助けて貰った人がその行為を無にするようなことをすれば、その時以上に悪い方へ現象化されるはずです。不幸が不幸を呼ぶことになります。

人生にはどんな人も波があります。不幸と思われる状況は人によって様々ですが、不幸と思われる状況から不幸を更に呼ぶことになるのはカルマでもあるのですが、その人の心持ちがどうあるか?

困窮したときに誰かに助けて貰って、そのあと、成功したという人は、善のカルマの貯金があった人もいますが、どん底から這い上がって・・・社会に恩返ししている人が多いはずです。

感謝の真心を伝達できない人が、SNSやブログで繋がっている人からお金というエネルギーを集めるだけ集めるということをしているのは、エネルギーレベルをなめている、曖昧なスピリチュアルを知ってしまった愚行でしかありません。

まして、人を騙してお金を奪った場合は、怨まれますので呪詛のようなものにかかります。人の想念エネルギーはそれだけ負のもの、邪気に変わるのです。

お金のことだけでなく、口八丁手八丁で人を欺き、人のことをなめている人が、健全に生きている人から幸せのお裾分けをしてほしいというような「物乞い」は詐欺と同じです。

お金を出す、貸すという人を助ける行為も詐欺師のような人を増長させていないか?よく考えてみて下さい。そのようなことに良かれと思って参加し、そこで傷つき、怨み言をいうようになれば、あなたがカルマを積むことになりますよ。

どうせなら幸せになるお金の使い方をして下さい。

 

参考記事

 

スピリチュアルな世界とお金

 

お金という物質はカルマそのものです。〇〇円稼ぎました・・・〇〇円稼げる方法など、ここ数年はテクニックやノウハウを使うもので実態がない情報教材も多く、とにかく量(数字)の多さを誇張しています。

エネルギーレベルでも量は関係していますが「質」が抜けています。裏にある動機が不純なものは、病気や精神の崩壊に繋がっていきます。

スピリチュアル系でも起業セミナーはありますが、まず自分のために豊かに・・・そしてクライアントさんへの愛を語りますが、全部が間違ってはいないですが、その前に「現実」での技術レベルのエネルギーの「質」は確かなのでしょうか?

「現実」の位置づけをいつも後に回しにしているような甘い宣伝文句を語る一部の人達は、自己保身のための薄っぺらい愛を語り、お金を稼ぐことは悪いことではないと言い聞かせている、洗脳のようにみえます・・・愛の前に商品の質は?

ヒーラーなめるなよ(笑)エネルギーレベルに携わり、扱うことは「お遊戯会」ではありません。ヒーラーという仕事は労働であり、職業です!誰に役立っているのか分からない愛を語る前に「プロ意識」を・・・と切実に思います。

愛を築く前には誠実さがいるのではないでしょうか?誠実さが観えない中に愛が生まれますか?とってつけたような愛ならいらない・・・と私は思います。

エネルギーレベルを理解できていれば、あまりにも高額すぎる金額設定をつけれないはずなのですが、他人様の商売なので・・・何とも言えないですね(笑)

お金を稼ぐのがいけないのではなく、心持ちが大事で、量だけ集めているのはカルマの不徳になり、特に精神世界に携わる人は自分の所に集まったクライアントさんのエネルギー(お金)の質によって、侵食されると心身が病む原因になります。

本当に宇宙と共振し、天職についている人はお金の循環に恵まれていきます。ただ、年収〇億や〇千万円とか、そんな世界ではありませんが・・・錬金術を使っているようになるのです。

人がいない所にはお金のエネルギーも循環されません。人との関りに誠意を持って、最大限の力を発揮し、できることをすることは「貢献」することになります。

喜ばれることが多くなると霊的成長されている人は、感謝できるようになります。そうしますと益々、宇宙と共振し、恩寵が入るようになります。霊的知性が培われていく1つに「感謝」という課題があります。

関わる人に「善」を尽くさず、我欲のために数字に取りつかれてお金を追うようになる人は、カルマ通りに下落し、陥った人です。

スピリチュアルに関して言えば、カルマ通りに生きているヒーラーなどは、まともに高次元と繋がっていないことが多いです。

 

参考記事

 

お金を使う基準や動機

 

スピリチュアルな学びをしたいけどお金が・・・という人たちがいます。正直に言って、他人のお財布事情はそれぞれなので、「今、受講したらいい・・・」とかは答えられないですよね。

スピリチュアルなことを仕事にして収入を得ることは×ということを言う方もいますが、それは現代では違うと思います。スピリチュアルなスキルアップをしたいと思えば現代では教えてもらうことは必要にもなり、教育分野に「お金」をかけたくないというのもスピリチュアルな精神からは離れています。

ご自身の判断で、お金の準備ができてからでいいと思います。

ただ、1つ言えるのは、本当にお金が「ない」のか?使いたく「ない」のか?どちらでしょうか?

本当に本当にお金が「ない」という方は、現状を打破できるように、三次元的に自分のために使えるお金が少しあるように、収入を得るように努力されていますか?同じような状況のまま、何もしないなら欲しいものは手に入らないです。

使いたく「ない」という方は、霊的進化するためにはそのマインドでは足かせになります。アストラル次元特有の世界、ご自身で小さな世界に自分自身を閉じ込めてしまう人間がよくやってしまう「損得勘定」が働いていることに気づいて下さい。スピリチュアルな世界の生き方とはほど遠いですし、正直に言って、個人的にはあまり関わりたくありません。

受け取り、与えるという、エネルギーの吸収と放出ができない人は健全ではない精神の人が多く、与えるや受け取る以前の問題で、権利や保証ばかり主張するからです。時と場合によって、三次元では権利や保証をしっかりと確認しないといけないこともあるのですが、人によっては、先に「クレ、クレ」と欲しいのでエネルギーを奪うのですよ。

最近でわかりやすく言うとコロナの影響で協力金や保証を支給される立場の人たちの方が、マスコミの印象操作もありますが、権利や保証を毎回大声で主張している風潮が観られます。一部の人たちは、ここぞとばかりに「もっと欲しい、もっと欲しい」とゾンビのように観えます。あのような人たちと関わりたいですか?

欲が出てしまうのは人として分からなくもないですし、個人セッションでも金銭的なお悩みのお話しは多々お聞きしますし、お金の悩みや問題事態は、悪いことでも恥ずかしいことでもありません。カルマの解消どきに繋がっていきますので。

五体満足で健康でもあるいい歳の大人が何をやっているのか?理解できているのかな?と感じる、人としての品性や霊性が低い人とは距離を置きたいですね。

お金を使いたくない方は、ただ単に器が小さいだけなのか?それとも保証されないと嫌だ!その思い根底には、安心や安全が欲しいのではないのでしょうか?どちらでしょうか?

人生の安心や安全は人から保証されるものではありませんよ。自分の人生を他人に任せて生きるのですか?スピリチュアルなことに保証をされたいとなるとそのうち、エネルギーを搾取する人の所へ辿り着く可能性が高くなります。自分自身で居心地のよい環境や状態を創るのです。

人生は絶対、大丈夫で変わらないというものはありません。だから今よりも未来が良くなるように、みんな一生懸命に幸せになることを探すのではないのでしょうか?私自身はスピリチュアルな探求はその真実を知ることができるものだと実感しています。だから面白いのです。

スピリチュアルな学びをする準備ができている人では、実際にお申込みした後、お金の問題がクリアになった人たちも多くいます。よく言われる、サポートが入ったのですが、その目標を達成するための思い(思念)やそれまでの過程で何かしらの行動し、努力されていたはずです。

意志が決まり、心底やりたいと思ったなら、何としてでもやろうとするはずです。

スピリチュアルな学びであれ、電化製品であれ、お金を出すのが惜しい、金額を気にして高いと思うのなら、買うのをやめればいいと思います。自分で働き、得たお金なので好きに決めればいいだけです。

ただ、金額を気にしている人達の中には「安物買いの銭失い」になっている人もいます。

スキルアップなど自分自身の教育のために使うお金に対しての「価値」「基準」が安いものだから、金額的に手が届く範囲で間に合わせようとしてしまうのは、本当の意味で必要なスキルを学べるものを選んでいるのか?疑問です。

お仕事に必要な学習に対して時間もエネルギー(お金を含む)も出し惜しむ人には、チャンスや幸運など巡ってはこないですし、現実が変わらないのは仕方ないと思います。

自分自身の思い込みの癖や思考癖を改善しないとずっと、周りにもせこい考えの人や人から貰いたいばかりの人(エネルギーを奪う人)が多くなるはずです。

先ほども書いていますが、お金を使うときの「動機」を意識してみて下さい。安い、高いで選んだものに気持ちが入っていますか?その行為には、自分自身の優先順位が出ています。品性が低い人は品がない選び方をし、品性が高い方は徳を積む選び方をされます。

本当に満足するものを手に入れようとしない人は、他人にも満足するものは与えられません。円滑なエネルギーの循環がされないので、特に精神世界に携わる人は、お仕事にも影響はでます。

何をするのも行為に対しての気持ちが大切です。

例えばお土産でもらったものなどは、ご当地もののそんなに高額でないものが多いはずです。でも自分のことを思って買ってきてくれた行為がみんな嬉しいはずです。

1人、1人に違ったものを買ってくるのか?みんな同じだけど次の機会には前回と被らないように配慮している・・・とかその人それぞれの心遣いが観えますよね。

何を基準にしているかは?人の「価値観」の差であり、もっと言えば魂の「成熟度」の差です。

すべてのことに対して数字の大小のトリックから抜け出て下さい。お金の使い方はその人の人格が顕わになり、カルマもおおいに関係しています。

ルーズでだらしない人もいれば、お世話になった人に付け届けを忘れない人や、人に奢ることはあっても奢られないようにしている人・・・とか究極に人の本性が観えます。

 

参考記事

 

お金という物質の本質をよく考えてみる

 

お金もエネルギーと言われる本質の1つは、エネルギーとは動かすもの、常に動いているものです。お金を使うことはエネルギーを動かしますので、自分自身の波動のサイクルが変わることがあります。それは、本当に必要なものを手に入れるときや必要な人に循環できることだと自負しています。

私の場合、スピリチュアルな学びをするために、師の元へ数時間かけて出向くことや絶版になっている高額な本を取り寄せることには時間とエネルギーは惜しまないと決めています。その結果、お金で価値を図れない大切なものを十分得ていると実感して、豊かさとは損得勘定や数字の大小ではないと腑に落とせました。

あるものを使いたくない、使えないとなっている人は、持っているののを活かせていないことになります。エネルギーを活かせない人には、進化、発達、発展、繁栄はありません。エネルギーが収縮していくから益々、貧しい考えや行動になるのです。「活き金」を上手に循環させれている人は物質次元で困ることはなくなります。活き活き円滑にエネルギーがまわっていますので。

そもそもお金とは何のためにあるのでしょうか?動いていないときにその役割は果たしているのでしょうか?そう考えると「貯金も借金」良い・悪いとは関係なく、本来のお金の目的とは違う気がします。

それを扱う人間が色々な定義を決め、特に先進国では洗脳されているようなものですね。霊的な観点からお金の本質に気づくとお金のことで不安になったり、貪欲に欲しがるのは馬鹿らしくなります。

今までの時代は、人の「性」はかなり物質的な欲求、執着を満たすことだけ求めてきました。何で満たされるかは人それぞれだと思いますが、数字の大小にこだわらないようになったとき、今までのレベルと生き方が変わります。アストラル次元を超えていく「キー」になります。

お金にルーズな人との付き合いはやめたほうがいいです。約束事を守れない人が多く、エネルギーレベルで言うとエネルギーを必要以上に奪っていき、関わった人はエネルギーと「時間」を奪われます。

奪い合う世界はこれからの時代の波動ではありませんから、その世界にいられるのは霊的進化や「全体繁栄」といった真実の高次元の世界には到達できないということです。

金額の多少の差が高くなったり、多少手間がかかることがあっても私はお金を使う所、受け取って貰いたい人へ払うように心がけています。

物質世界の現象界では、お金は持っている時点でその人のものではありますが、自分自身が幸せになるために使うのは勿論ですが、自分も他人も幸せになる使い方をしていくと健全なエネルギーの循環ができ「活き金」になります。活き、活きした清々しさは人を笑顔にします。

 

 

参考記事

 

 

 

   

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