2017~2019年、意識の目覚めが進み、大変革時代とも言われていました。個人レベルでのカルマの昇華が進み、同じ場所(ステージ)に入られないと感じ、今までの自分自身が信じてきた価値観や生き方だけではなくて、本質と言われる「魂の意図」や「目的」といったものに関心が出た方が多かったはずです。
生きる姿勢の変化・・・無理や嘘がつけなくなってきた
2012年に「アセンション」すると言われ、スピリチュアル界は今と同じように・・・いいえ、もっと情報がどこか夢想のようなお話しでした。ただ、日本人は前年にあった東日本大震災の影響もあり、生きるという事に対して、何かを考えさせられることが多かれ少なかれ集合意識レベルで働いたのだと思います。
その結果、2016年頃からでしょうか?魂の目的と言われるようなもの、スピリチュアルに目覚める人が増えてきました。
ただ、これはその少し前からまた、ブームになった「引き寄せの法則」「願望実現」自分の願いを叶えるといった「物質至上主義」のまま、スピリチュアルと混合していくような流れになっていきました。
魂の意図や目的と我欲を満たすことが同じ位置で語られる・・・中途半端な状態になったのです。
ワクワクすることをしよう
我慢して生きるのはやめて、
やりたいことをやって生きよう
自分を偽らず生きることが自分の望むを叶える事=宇宙の天意(アイ)と同一していく
日本人は特に「周りの人に迷惑をかけない生き方」をしなさいと言われて育つ環境が多かったはずです。
やりたくない仕事についても働かないといけない・・・自分がいる環境(職場やママ友など)小さなコミニティの中で、嫌なことを言われても周りの人に合わせて生きる常識と言われている枠の中へ納まらなくてはならない・・・
こういった制限を自分自身に呪いのように言い聞かせてきた人は「やりたいことだけやって生きる」我慢しない事が宇宙と同一していくことなどと言うことを聞けば、魔法のように一瞬で何もかも変われる期待を抱き、今まで我慢してきた社会の枠の中と変わらない「物質至上主義」と同じ、精神世界の「豊かになる」という甘い言葉に魅了されました。
本来の自己が望む本質=魂の意図や目的・・・見失ったままスピリチュアル界で物質至上主義で生きた人たち・・・多くの勘違いした人たちは「真実」をみつけられないまま、洗脳されたような状態で歪んだ信念を「宇宙の真理」と同じにしようとした人たちの中でも2019年はその洗脳から目覚めた人たちがいました。
結局、無理してやり遂げようとした「ポジティブ精神」で「愛や光」といった綺麗ごとだけで片付けてしまうご都合主義では、三次元の現象界で現実に顕現されたものは歪んだ信念に基づいたものしかなかった・・・
「宇宙の真理」高次の世界と三次元の現象界ではシステムが違います。高次の世界のルールをそのまま三次元で適用させようとするのは無理が生じます。
だけども、この世で生きる三次元の人類は「幸せになりたい」「幸せでいたい」というのが万国共通の意識ではないでしょうか?
肌の色や宗教、国のルール、社会のルールといった民族性が違っても誰もが「幸せ」でいたいのは当たり前の人類のプログラムなのです。
大規模な世界的な変化、物質至上主義からの解放
2020年コロナウイルスが世界中に広がり、映画の世界のような緊急な対策が世界中で広がっています。
今までの教え、特に先進国では「物質至上主義」に偏り経済的な価値が優勢されていました。
お金を稼げる人、たくさん持つこと=幸せの価値観
お金に絶対的な価値を置き、支配されている
チャクラでいうと下位のチャクラ第1~3チャクラの領域を優先し、発達させてきました。生きること、お金を稼ぐこと、男女の愛情問題・・・
「たくさんの給料(お金)」「大きな家」「結婚生活に相応しい住む環境」「男女間で私だけ特別に愛されたい」・・・
数字の大小を主軸とした「大きい」「たくさん」ある方が幸福度が高いと思い込むようになりました。少ないと劣っている、価値を感じられない・・・など
霊的視点から観ると現在「第5チャクラの領域」の解放が進んでいます。
遺伝子レベルのカルマエネルギーの存在は「喉のチャクラ」第5チャクラにあります。そこには各層があり、輪廻転生どきに持ち越したカルマがあるのですが、人類の起原になるカルマから個人、民族性、霊的知性のカルマエネルギーの存在があります。
第5チャクラは創造性や自己表現能力などに対応しているチャクラであり、喉は甲状腺ホルモンとも関係しています。
ホルモンバランスは霊的視点で観ると「陰陽統合」男性・女性エネルギーのバランスと関係しています。
遺伝子レベル(民族性を含む)のカルマの解放が起き、陰陽統合されるバランスが整われていき、本来の本質と繋がる魂レベルのコーザル次元への領域へ目覚めていくのです。
地球全体で500年~約1000年ほどの人類が積み重ねてしまった穢れを淘汰していくように感じます。
食べる物も満足になかった貧しかった時代から世界の一定の国は豊かになりました。貧困をなくそうと支援する一方で隣の人と競争し、数字の大小を追い求める豊かさを個人レベルでも国家レベルでも当たり前としてきたのです。
三次元の世界はお金がないと困ることが多く、それを求めるのは生活の基盤でもあるので悪いことではないと思います。
ただ、私利私欲や自国の利益だけを優先することは動機が不純です。「人を欺くにはまず味方から」と言う諺がありますが、小さいコミニティから大きなものは国家レベルで行ってきたのではないでしょうか?
宇宙の天意(アイ)は動機が不純なものは存続させない、実態が不純で実体ないものは淘汰していくように強制終了をしているような流れを感じます。「世界規模で人類の真価が問われている」と私は思います。
参考記事
人類の本質は愛がベース
人のひとり、ひとりの魂、本質にあるものは「愛」です。どれだけ時代が過ぎても人は愛を求めて生きてきました。
愛を探し、見つけては一喜一憂する、ときには愛を見失ったと勘違いし、絶望し、命を絶つ人もいます。
三次元で人が感動するのは「愛」がベースになっています。何かで観る人が危機的状況のときその場所に居合わせた人が自分の命を顧みず、偶然助ける話しなど感動します。
誰もがそんな映像を見たとき、無条件に「よかった~」と顏がほころび、胸が熱くなるはずです。
いつでも「愛」を求め「愛」を探し、見つけたい・・・どこかにあるはずだ・・・と本当は誰もが備えている本質なのに、自分自身の内にある「愛」を認識できていないのが今までの人間社会だったのです。
自分自身が精神的に未熟な状態で、人に愛を分け与えるなど綺麗ごとを言ってきたのが昨今のスピリチュアル界では特に酷かった状況でした。
宇宙の真理、宇宙の采配と呼ばれるものは人にとって都合のいい「愛」ではないのです。
「宇宙の真理」は霊的成長していく過程で必要な教えではあるのは間違いありませんが、次元が違うことを理解することと三次元で肉体を持ち生きているのが、人類のプログラムであることを心底理解できなくては、物質至上主義の世界から魂の意図する方向で生きるバランスを三次元でとるのは難しいです。
曖昧なスピリチュアルな教えは、人として現実世界と霊的な世界のバランスを保ち生きる機能を損なわせます。
本質と繋がる「魂の意図」と同調する生き方をするプロセスでは、三次元では痛みを伴うこともあり、覆うにしてそれはかなりな苦痛を通過する儀式でもあります。
自分自身が持っている「愛」はどうしたら認識できるのでしょうか?教えられた顕在意識レベルの中ではない、備わっている潜在能力の中にあります。
自分自身の潜在力の可能性をもっと引き出して下さい。今までの記憶や過去の情報の中ではそのことを探すことはできません。
未知の領域へアクセスできるようになるには、今までの状態と同じサイクルやパターンの中から離脱しないといけません。変わらないままでは、自分自身の「可能性」や潜在的に備わっている「能力」を知る、発達させる環境ではないということです。
(2021/3.21)
参考記事